石田洋服店で仕立てたスーツのレビューです。
今年仕立てる予定の服は「キャメルジャケット」のみの予定でした...
しかし、まさか私に「王家の服地」と呼ばれるマニア垂涎の生地が格安で手に入るとは思いもしませんでした。
その名もエウスコリアル~Escorial wool~
このチャンスを逃すと次はないと思い清水の舞台から飛び降りる勢いで仕立ててしまいました。
結果は
大満足
もくじ
エスコリアルウールとは
北アフリカを起源とするミニチュアシープで16世紀にスペイン王室がエスコリアル宮殿で飼育されていました。ゆえに「エスコリアルウール」と呼ばれています。
国外持ち出し厳禁で王族の間でのみ親しまれましたが、王族の栄枯盛衰や戦火に巻き込まれてこのミニチュアシープは絶滅したと思われていました。
しかし17世紀にザクセンに寄贈されたミニチュアシープが100頭ほどいてそれをタスマニアにて繁殖させることに成功し現在に至ります。
ただし繁殖能力が低くミニチュアなだけあって原毛の採取量は通常のメリノ種の1/3しか取れません。原毛の採取量はカシミアの1%以下といわれ、知名度が低いだけでとても希少性の高いウールなのです。
Brioniなどでは既製品としての扱いは少なく、主にオーダーでの扱いとなります。
Brioniでもエスコリアルウールはカシミアや高番手のSuper200以上などの生地と同等の扱いです。それだけ希少性が高いということです。
ちなみに価格は130万円でした...
生地の特性
最大の特徴は縮れ毛であること。いわゆる天パです。
ゆえにジャージ素材までとはいきませんがストレッチが効いていてかなり伸びます。その結果、肘やひざが当たっても伸びるので着心地も抜群です。この時に伸びないコットン素材とかだとひじやひざが引っ掛かり着心地が悪く感じることもあります。少しの差ですが、フィッティングが完璧だとこの小さな差がとても大きく感じます。
シワの回復力も優れていますし天パのおかげで生地に張りがありとても仕立て映えします。
さらにエスコリアルウールは独特な艶がありカシミアに似た光沢があるのですが、原毛はそこそこの太さがあり普段使いに丁度良いSuper130程度でカシミアほど繊細ではなく丈夫です。まさに良いことずくめの生地です。(ただ値段がね...)
選んだ生地について
チャコールグレイに青のピンストライプ柄(12mm間隔のピッチ)です。
生地バンチを見た時点では青が鮮やかに見えたので仕立てると派手なストライプになると想像しました。(色彩心理における面積効果により生地バンチという小さい面積で見ていたものをスーツにすることで生地バンチ以上に派手に見えてしまうと考えました。)
しかし実際は遠くから見ると深い紺色のスーツのように見えます。派手さは全然なく遠くから見ると青いストライプが影響しているように思えます。
おそらく面積効果が表れるのは比較的明るい明度や彩度の色の場合かと思われます。
仕立てたのは石田洋服店
仕立ては毎度おなじみ石田洋服店にお願いしました。
以前にチラっとご紹介しているのですが仕立て屋をコロコロ変えるのはあまりオススメしません。(いろんなお店を試したい気持ちはめちゃくちゃわかりますが...)
自分の好みとお店側が考える理想を少しずつすり合わせる必要があり、初めて仕立てをお願いするお店側には私たちの好みを100%理解することはまず不可能です。
また私たち側もお店のスタイルがなんとなくわかってもお店側がどれくらい私たちの好みを理解してくれているのかを知ることはできませんよね。
要するにお店と長い付き合いの中で少しずつお互いの理解をすり合わせて理想に近づけていくのが仕立ての醍醐味です。
今回仕立ててもらったスーツも1着目があるからこそ2回目に自分の理想を伝えることが出来たのです。
肩が当たるので修正してほしい、アームホールを詰めて欲しい、背中のラインを強調してほしい、ゴージを少し下げてほしい、着丈を長くしてほしい....などの細かい要望は初めて仕立ててもう段階であっても十分可能です。
ただし、その要望を的確に伝えることが出来る人は相当仕立て服をあつらえてきた玄人です。
私も曲りなりにもフルオーダーのお店で働いていたので慣れているのですが、やはり1着目から的確に要望を伝えきるということはできません...
というより仮縫い状態の服を着ただけで完成像なんて想像できるはずもありません。
他にキャメルジャケットを仕立てた時のレビューもありますのでご興味があれば読んでみてください。
仮縫い
仮縫いの様子です。
ここではアームホールや背中や肩をつまんでシワを取ったりジャケットの前後のバランスを見ています。
スラックスはウェスト位置や全体の細さや裾幅などを見ていきます。
アームホールを極力小さくすることが着心地を大きく左右し、ウェスト位置を高く見せることができスタイリッシュに仕上がります。
試しに普段着ているスーツの脇部分の生地をつまんで腕を動かしてみてください。
ビックリするくらい腕が動かしやすいはずです。
このアームホールを詰める作業はフルオーダーならではですね。
既製品のアームホールを詰めることはできないわけではありませんが袖や着丈が短くなり服のバランスを損なうのでオススメしません。
要は既製品はアームホールを触らないほうが良いということです。
また最近はスマホやPC作業の増加によって猫背の人が増えてきています。そうするとジャケットを着た時にジャケットが拝んだように見えてしまうことがあります。
すると前から見た時に裾部分が開きすぎてしまう傾向にあります。
横から見た時に後ろ身頃の裾(ベント部分)が外に向かってはねてしまう傾向があります。さらに裾全体が前に向かって傾斜してしまいます。
他にも鳩胸の人に現れるクセやいかり肩、反り身の場合のクセの出方があります。
こういった体型にクセがない人の方が少ないのでそれ自体は気にする必要はないのですが、既製品はクセに対応して作られていません。
ちなみに私は肩甲骨が大きく発達していて、いかり肩なので既製品だと背中に「ツキジワ」、タスキをかけたように見える「タスキジワ」が必ずと言っていいほど現れます。
お直し専門店でも多少のクセ取りは対応できますが、やはり限界があります。
私は袖丈の詰めくらいしかお直しに出したことがないのでお直しについてお話しできませんが....
既製品はそれ自体完成しているので、その形を楽しむと考えるべきではないでしょうか?
お直しなどで触り過ぎるとブランドが持つ世界観や服のバランスを崩しかねないので着心地の改善のためにあれこれ直すくらいなら最初からフルオーダーにしたほうが経済的だと思います。
話は戻りますが、この仮縫いの時は持病である腰のヘルニアで痛い中、痛み止めを飲んでの仮縫いでした。つまりいつも以上に前かがみになっています。
そのことを店長にお伝えし、ヘルニアを治すから今の体型に合わせずに背筋が伸びている状態で作成してほしいとお願いしました。
そういったことも言えるのがフルオーダーの良いところだと思います。
神は細部に宿るといいますが、スーツが似合って見えないのは体型や体の細部のクセに合わせたスーツが着れていないからです。
加齢とともに背中が丸くなるのは仕方ありませんが、その状態で既製品のスーツやジャケットを新しく購入するとどうしても襟が抜けます。さらに裾の傾斜が強くなったり、前の裾部分の開きも大きくなります。あちこちシワが出てしまいます。
そうなると残念ながらそうなると全く似合っていません。サイズが合っていないように見えてしまうからです。
パフォーマンスの仮縫いでない本物のフルオーダーの仮縫いだったら体型や細部のクセの調整をしてもらえるのでスーツが似合って見えます。
何度も言っていますがスーツが似合うかどうかはうスーツの形が問題ではなくサイズ感が合っているかどうかがすべてと言っても過言ではありません。
中縫い
仕上がりのイメージに近づきました。
パッドが入り前身ごろが完成しているのでほぼ完成しています。
中縫いではデザインの変更は効きません。8割方完成しているので着心地や見た目の前後のバランスを見ることくらいしかできません。
仮縫い段階で体型やクセの修正をしてもらっているので直すところはありませんでした。
完成
離れてみると地のミッドナイトブルーのように見えますが、近くで見るとまぎれもなく、チャコールグレーに青のピンストライプ柄です。
グレイ系の色が支配職なのでシャツやネクタイは何を持ってきてもキマります。実は紺色のスーツというのは合わせれる色はグレイに比べて少ないんです。紺に赤のネクタイとか定番に思われますが、赤のトーンに注意しないと仮にビビット系の赤だとネクタイが悪目立ちしたり、アメリカ大統領のように見えてしまいます。
そんなビビット系であってもグレイ系統でしたら難なく合うことが多いです。もしスーツの色で迷われている場合はグレイにチャレンジしてみてください。ただしチャコールグレイは黒に近いグレイになりますので、重厚感が出てます。
一般的にいわれるちょっと暗めのグレイであるミディアムグレイが使いやすいです。。
出来上がったばかりのスーツは着心地が最悪
完成したスーツを着た時に「肩が当たらないし背中は張らない、着心地が良い」と感じました。
ただ今後着込むことで芯地などが体型に馴染んで着心地は向上します。つまり出来上がりすぐのスーツは着心地が悪いということです。
実際1着目と着心地を比較するとわかりましたが、1着目のほうが断然着心地が良いのです。紺無地のスーツは体に吸い付くような着心地で動作の邪魔をせずに着ていて楽です。対してストライプスーツですが採寸等は完璧ですが、紺無地に比べるとまだまだ硬い印象があります。
見た目にも1着目は見るからに体に馴染んでいてキレイなのに対して今回のスーツは出来上がりすぐで体に馴染みきっていないように見えます。
あくまで主観ですが同じ型紙を使用して仕立てられたスーツであっても着馴染んだスーツの着心地はまるで違います。
一度この感覚を味わうと既製品やパターンオーダーには戻れないです(笑)
本当かわかりませんが、昔の貴族や金持ちたちで着道楽の人たちは出来上がりすぐの服は背格好が似ている使用人たちに着させて馴染んだころに自分が着るということをしたとかしなかったとか...
それくらい仕立て上がりのスーツというのは真価を発揮しきれていないのです。
おわりに
そんなわけで3着目となる石田洋服店のハンドメードラインの仕立服のレビューでした。
セレクトショップ等では15万円ほどでイタリア製の3ピーススーツが購入できますが、やはり既製品です。
いくら毛芯を使った本格仕様であっても、技術的に難しい芯なし仕立てのアンコンであっても既製品は既製品です。肩回りに出てくるシワや気になる細かい部分、着心地は限界があります。
ただ既製品の利点もあります。それは試着が出来るので仕上がりのイメージが容易だということです。
特に派手なものやオシャレにチャレンジしようとするときには実際に着てみてイメージと違ったら購入を控えることが出来ますが、フルオーダーは生地にハサミを入れるともう後戻りできません。
フルオーダーは基本的には生地バンチという生地見本の中から選ぶか生地の反物を見て判断します。つまり仕上がりがイメージしにくいんです。
実際に私も今回仕立てたストライプスーツについて当初のイメージはストライプがキツ過ぎる。艶が強く目立つのでは?と内心心配しました。
ですが実際に仕上がりを着てみると光沢は意外にマットで、ストライプも強すぎないという良い方向で予想を外しました。
テーラーで働いていてかなりの量の仕上がり品や生地を見てきたのに仕上がりをイメージしきれないんですね。
でしたら一般の方だとさらにイメージしにくいでしょう...
ですからフルオーダーで仕立てる人の多くは無難な生地を選ぶことが多いです。ミディアムグレイや彩度の低いネイビーで無地や織柄によるシャドウストライプと失敗の少ない色を選ぶ傾向が強いです。
ただそういった地味ともいえる基本色のスーツはあらゆるシーンで活躍します。そして飽きないのが特徴です。さらにその使いやすい色で着心地も抜群ときたらヘビーユースは間違いなしで、着すぎて擦り切れても直してでも皆さん着続けているそうです。
詰まるところ流行を着たいのか?自分自身のスタイルとして着たいのか?の違いのように思います。
どちらが良いというわけではありませんが、スーツにも流行があり現代的な着こなしやオシャレは5年くらいで廃ります。
そういった流行の最先端を着たいという場合はセレクトショップにある既製スーツなどをそろえることをオススメします。
セレクトショップは感度が非常に高いので現在のイタリアなどのスーツファッションの流行を常に取り入れているので、上から下までセレクトショップで完成させると流行最先端の着こなしが楽しめます。
ご自身のスタイルとしてスーツを着たい、フルオーダーを体験してみたいという場合は気になるテーラーをすべて訪問しましょう。
決してHPや雑誌のみの情報を鵜呑みにして作りに行くのは辞めてください。
雑誌などのメディアに頻繁に出ているのは単に課金しているだけであって評判とは無関係の場合が多くあります。メディアは一つの基準に過ぎないということです。
テーラーのスタイルは大きくイギリス、イタリアに分類が分けられます。そこからさらに細かいディテールに違いがあり、各お店ごとに得意とする形が存在します。各お店にもスタイルがあるんですね。
例えば
- A店 肩幅を大きめに取り、肩パッドがしっかり入れてウェストシェイプをきつめにして男らしさを強調している。
- B店 肩幅は狭く肩パッドは薄い。ウェストは体に沿うようにして柔らかな印象に仕上げている。
言葉でいうと「それくらいの違いで差がでるのか?」と感じると思いますが、印象はかなり違います。
どちらが良いというわけではありません。本当に好みの差です。
最後に今回仕立てたスーツもまだまだ仕立て上がりすぐの状態ですので着るたびにレビューをしていこうと思います。
着る回数を重ねて私の体に馴染んで変化していく過程を見てもらうことで手縫いで仕立てられたフルオーダーのスーツの魅力を発信していこうと思います。
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以下は過去にご紹介した記事になりますが、スーツスタイルの基本をご紹介しています。
オーダーをすればスーツの見栄えは問題なく仕上がります。それはお店側がスーツの見栄えをきちんと設計しているからです。
しかし既製品の場合は万人に合うよう作られているので購入してそのまま着ると変なシワがあったり、袖丈、裾丈の長さがへんであったりチグハグな着方をしかねません。
スーツにも流行はありますが、それとは関係なく徹底して守るべきルールがあります。
それらを抑えることで、流行とは関係がなくスーツが似合うと評価されます。
スーツ姿が1段上の人に見られるためのヒントを数多くご紹介していますので同時にお楽しみいただけましたら幸いです。
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